ブログに書く記事の内容に行き詰ったら。。。

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何も興味をひくような出来事がなくて、
ブログの記事が書けないと行き詰ってしまうことはないだろうか?
 
そもそもブログに記事を書く必要が
あるのかどうかは別にして、、、
 
 
興味をひくような記事を書こうとしても書けない時って、
”人生も楽しめていない”可能性があると思う。
 
 
 
なぜなら、ネット上に溢れかえる情報の中で、
自分の創作しようとするものが、普通すぎて
ありふれていると思うからだ。
 
 
 
素敵な場所に海外旅行をしたり、
普通の人の出来ない華やかな経験を記事にしている人達を見ると、
経験できない自分と比べて、ネガティブな気分になる人も多い。
 
 
 
それって、
 
 
 
自分の”在り方”にOKを出せていない
「幸せ」を感じられていない状態の可能性がある。
 
 
 
 
どうだろうか?
 
 
 
 
SNSの楽しそうな様子や成功している様子に、
嫉妬したり、プレッシャーを感じたり
不快になった経験はないだろうか?
 
 
 
 
 
煌びやかなインスタの写真や、人の羨むような
ブログの記事や、Facebookの記事を観て
ネガティブな氣持ちになり、
 
 
「疲れた!」って、言っている人
結構いるように感じている。
 
 
 
 
そんな状態になっていると、記事は書けないし、
記事どころか、精神状態も良いとはいえない。
 
 
 
 
ならば、どうしたら良いか?
 
 
 
 
ここには、”人生を有意義にする方法”ともいえる
ひとつのヒントが隠されている。
 
 
 
 
ちょっと考えて欲しい。
 
ブログの記事について
次のような課題が出されたらどうだろう。
 
 
「手を合わせることについて書きなさい。」
 
 
さらに、文章の出だしでは、
「肩について書きなさい。」
 
 
って、
 
 
とても細かいことに絞ったことに
フォーカスするように課題が出されたら。
 
 
 
最初は、信用しないかもしれなが
実際に書き出してみると、
執筆に夢中になってしまうと思う。
 
 
 
例えば、僕の場合
 
朝起きて、神棚に向かって手を合わせる時
肩に微かに緊張があることを発見し、
 
自分の立ち方、重心の位置、
心の状態と姿勢との関係
手を合わせた時の心の状態の変化
 
とてもシンプルなことなのだけど、
深めてゆくと、僕の中でどんどん思考が拡がって行く。
 
 
 
ちなみに、手を合わせている状態は、
右手から左手への氣の流れができ、
重心も安定した状態になり
心理的にも安心感が湧く。
 
 
だから、人は不安を感じて”祈る”時、
自然と手を合わせる動作をするのだ。
 
自然な動きには”真理”が隠されている。
 
身体は、本能的にわかっている。
 
 
 
このことは、武術から学んだ。
 
 
 
日本の古武術では、とてもシンプルな動作の中に
究極の奥義が秘められていることを伝えている。
 
 
 
それは、カンフー映画やアクション映画のように
派手なものではない。
 
 
 
一見、とても地味でシンプルだ。
 
 
 
ちまたには、アクション映画に憧れた人向けの
「カンフー教室」や「格闘技教室」もあり
派手な型をいくつも教えている。
 
 
そんな僕も、ブルース・リーやジャッキー・チェンに憧れて、
少林寺拳法や空手を学んでいた時期があり、
後ろ回し蹴りや、飛び後ろ回し蹴りなど派手な技ばかり練習していた。
 
 
だが、カッコばかりつけていても、
本質的な部分には辿りつけない。
 
 
 
呼吸に合わせて、ゆっくりと手を引いて
前に出すだけのシンプルな動きを何度も繰り返し、
肩や身体の緊張を降ろし、姿勢を修正して、心の乱れを整える。
 
その様子は、傍目には全く派手さはないが、
”内なる世界”の充実感と深淵さは計り知れない。
 
それによって、いままで知り得なかった、
実際の技術の進歩にも近く。
 
 
直接には関係ないように思われるかもしれないが、
人生のあらゆる面でも、シンプルな動きからの氣づきが生きてくる。
 
 
 
 
僕は思う。
 
 
 
 
ネット状に溢れかえる物欲や我欲を刺激する情報を
更に劇的に表現する競争をしても意味がないと。
 
 
あなたは、誰かが定義した
「幸せの状態」を演じる必要はないのだ。
 
「○○が不足していると幸せではない!」って、
マーケティング情報に振り回される必要はない。
 
 
あなた自身が感じたことや考えたことの方が重要だ。
 
 
自分の住む世界を俯瞰してとらえながらも、
ありふれた自分自身の生活の中を、
繊細な意識で注意を向けると、あらたなる発見と
飛躍的な人生のシフトが生じる鍵が発見できる。
 
 
 
 
こんな事を言っても
信じて貰えないかもしれないが、、、
 
 
 
普段の生活の、ちょっとした動作を
”氣持ちを込めて”行っただけで、
あなたのエネルギー状態は変わり、
感情が変わり、行動が変わる。
 
 
ここにある”今”が変わる。
 

その”今”の積み重ねが
あなたの人生を形づくる。
 
 
僕は、これを
「動的瞑想効果」と呼んでいる。
 
 
 
最初は、ちょっとした変化かもしれないが、
その変化は角度の差となり、
時が進むと、かけ離れた開きとなる。
 
 
人からどう評価されるかにとらわれずに、
自分がどう感じるかに意識を向け動いてみる。
 
そこから生まれる、あなたの世界観や、
あなた自身の”思い切った自己表現”が、
最も大切なのだと思う。
 
 
 
 
世にたくさん出回っている、
アドバイスとは逆の内容かもしれないけど。。。
 
 
本物であるかどうかが求められる今、
マーケットリサーチのことも考えないで、
また、抵抗もしないで、、、、
 
 
自分の”立ち方”に氣づくことが
「大好きなことをライフワークにして人生を自由に楽しむ方法」の
一番の近道かもしれない。
 
 
 
 
 

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